らむど夢幻 Lamdo Mugen

マオ・ラムド/アニメーター 大橋学のミニブログ

20年前の28日は命日、そしてあれから20年経ち1人生きた!簡単では無かった最初から1人なら何も怖くはないけど大橋学は出逢うべき初根さんと二十歳で結ばれた結婚したのです2人は幼かったけどお互いに信頼して小さな信念も情熱も 全てもっていた⭐︎

少し過ぎてしまったけど、この20年前の12月28日、妻は亡くなった、享年53でした。一月と年齢は違わないので、大橋 学もこの年の瀬ほど辛いものは無かった。お正月のおせちの材料は用意してから旅立ったのだ 其れからほぼ三年は真っ白で血の気も無く過ごし、立ち直ることは難しかった!それでも徐々に本来の自分を取り戻すことは出来たようだ

青天の霹靂とはこの事を言うのだろうか?

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12月28日は今は亡き(永く妻の役割で同志だった)初根さんの命日にあたります、特別な事はしませんが密かにもう一つの記念日とします。初根さんが居なくなってから、(もう20年です)という事は?この大橋学も独り生きて来て20年の日を迎えたのだ⭐︎

新成人の日よ(※二十歳過ぎてからもう一回、成人の日を二回 やる様なもの)ホントに本当におめでとうー❣️㊗️まだちいさな自分だが😉良し と自分に言ってあげよう 🎉✨

 


少し足して大まかなダイジェストでその時の過去を振り返ってみます。

※3種類な軌跡 その①

オギャーと生まれた子供時代

特別学校は嫌いな子でしたが同じ年代しかいない教室は何もしたくないと時間を過ごす⭐︎

続その①の続き。漫画見る事と、描くことでやっと自我が目覚めたのか?

そのせいか新聞広告に小さく出てた「アニメーター募集、」東映を受けて目出度く入社が決まるのが15歳でした⭐︎

歳上、目上の方した居ない初の社会人に成りましたが、今までの学校の先生よりも更に上の方たちが多いような世界でした⭐︎

①続※18歳まで同世代が居なかったがやがては大きな転機が来た?⭐︎

同志のようだった、同じ年齢の三人が勉強してからテストを受けて東映に入って来たのが後の奥さんになる〈石井 初根〉さんです。

同じ歳の友達のような仲間のような友達のような関係は続いてからほぼ1年が過ぎていた、※この時 学は19になっていた。

学ぶは先に会社を辞めたので、遅れて初根さんも後追いで辞めてしまった。

暫く2人共 定職も無い日々が 約半年(ババッと話しを飛ばして話します😅)

成人になった途端2人は半同棲的な結婚を、お互いに親族がアパートで顔合わせしただけですが 正式に2人の間は 晴れて夫婦に 成りました⭐︎

次の年に長女の誕生(病院の繋がりなのか?赤ちゃん誕生おめでとうとradioからお祝いのアナウンスが流れて来た。

翌々年には次女も誕生、2つ違いの 姉妹が誕生したのだ。

※それから娘たちの成長に合わせたファミリー!せい揃いした家族の小さな楽しい生活だった(年月は)約31年間 続き 娘たちの自立に合わせたかのように妻の役目と自分の父の相手としての 母親の役目が終えるかのように 初根さんはこの世を去りました。

悔しかろうとは思うけどもう旦那の教育と娘たちの(半ばと思えても)大切な(共に日々を接する時間を持ち)無事に初根さん自身のこの生からの地上を卒業しました。

初根さん53歳、

学も同じ53歳(一月だけ遅い けど同じ年)

2001年12月28日がほんとうに亡くなった日 とは信じがたいが紛れも無く真実だ。 

アレから20年のとしつきが

過ぎた⭐︎

 


その❸

当時は三年はダメだったような日々でしたが初根さんが去った年月が駄目な学君を鍛えてくれたようだった⭐︎

 


記念すべき日々のあとがき

 


学は漫画が好きなだけの天然な熱中病のような(半分バカの)子供時代から分けると

①が 20年が過ぎて成人(大人)と共に 友達のような初根さんを妻に 学と 歩むことを決意して、(ゴール途中ながらも)其れは約 31年と少々続き

全ては終わり 或いはこれから共に始める はずだった。

だが其れからの独りのラスト人生は思いの他 長かった。 その後入院したりと有りましたが どっこい自分の人生程 分からないものは無い

この長さも意味は有るのだと思うが、漫画とアニメーションから始まった大橋学も本当に必要としてもらえるなら、まだまだと

役目が残ってたのか?と思えて

ありがたい、初根さんは短い人生でしたけど、大橋学はどれだけのこれからが未だ残って居るのか?

正直呟くと大橋学は人生終えられなさそうな?気がして参った〜(参りはしないけど)やる事やらなくては行けない夢と日々、あー〜❣️兎に角終わるまで 生きます❣️モットーはね くよくよしてる位なら生きて無いのと同じだから もうシンプルに大橋学は前に心開いて歩くしか無いのだ

こんな娘たちの父親の面も有るけども、アニメの先生を始めたからには夢を求めて生きてきて これからも夢を信じて 前を向いて行かねば とね 思います。

※この辺の心は寺山修司さんの歌みたいだな?

〈後ろには夢はない 〉

そう、求める夢は 前だよね

寝て見る夢はさて どっち?

コレも心の前か?或いは 後ろかは?

自分の夢をどうしたいか?に

かかってるな。

偶然だが 3種の違う経験を持ってしまったのは 魂的にも良かったのではないだろうか?

これからの旅も更に強くなれそうかな?そんな気持ちです。

ー沢山の 愛を 込めて ー

 

記念日みたいな何度もないことなので

インスタにもツイートにもしたためて投稿してみました⭐︎

アイさんの歌う〈アルデバラン〉と言う歌は星の名前と初めて知った次第 まるで見つめていてくれたお星さまのようだ

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