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らむど夢幻 Lamdo Mugen

マオ・ラムド/アニメーター 大橋学のミニブログ

アニメ千一夜 日動のころ 森 やすじ :東映動画ガリ版誌「あしおと」より

 

f:id:MaoLamdo:20170123024440p:image 森やすじさんと大工原さん。(額を持って下さったのは高畑さん)

 

=《文芸》=

アニメ千一夜

その(1)

 

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 =《文芸》= 「あしおと」より
注:大橋学からの補足 東映動画には正式な社内報が(1)あり、それ以外に有志が出している「あしおと」(2)と「しあげ」←(仕上げグループからのガリ版誌)(3)とが存在した。ここで抜粋させていただいたのは“K 生”こと(大塚 康生氏 代表グループの自主的なガリ版誌)「あしおと」より第一回「森 やすじ」さんのアニメ千一夜が埋もれたままでは勿体無くて、また自分でもちゃんと読み返したくて保存用に文字起こしさせていただきました。もしかしてちゃんと森さんの自伝には載っているのかもしれませんが重複してたらごめんなさいです。年代は同期の人も載ってるので太陽の王子の準備のころ、又は作品の中断した時期と思われます。1966〜1967?

 

 

日動のころ

 

森 やすじ

 

昭和二十三年、私が日本動画社に入社した時には日本にはまだ マンガ映画を作るスタジオは数える程しかなく他に日本漫画 芦田漫画 大藤氏の千代紙映画などがあり、

日本動画社には「クモとチューリップ」「すてネコトラチャン」などを演出と原画を描いた政岡憲三氏がおられ マンガ映画の草分けである山本善次郎氏が社長でした。

アニメーターには(アニメーションだとかアニメーターなどという言葉はずっとあとになってから使われるようになったのですが)「クモとチューリップ」やそれ以前から政岡氏のしていた熊川正雄氏(三幸スタジオ)

浜 康雄氏(当スタジオ特殊効果)など四、五人おりました。

藪下取締はその頃 撮影の方を担当していました。

スタジオといっても牛込若松町の成城高校の一階と二階の二部屋の教室で、撮影台はオンボロが有りましたが、映写機などはなく ラッシュなどは夜おそく映画のはねた映画館に見に行った事をおぼえています。

 

私は見習一カ月で彩色をやらされましたが 月給は千円でした、
当時としてもベラボーに安くオヤジに無心の手紙を書きました。

 

仕事は政岡氏の「トラチャンの花嫁」を制作しておりましたが すぐ一時中止して鉄道省からの依頼の作品「ポッポさん駅長の巻」を作る事になり熊川氏が演出、原画を担当しました。

 

その頃私も二、三人と一緒に動画にまわされ給与もピースワーク(出来高)になり私も下手ながら毎日残業をやったりしていましたから 幾分よくなりやっとカストリやショーチューなどを飲み歩く事が出来るようになりました。

作画システムはほとんど現在と変りなく、ただ二巻物の作品でしたから 演出家というものがなく 原画家が演出をしていました。

やはり原画をもらって出来上がったら原画家のトコロに持っていき 胸をドキドキさせ イヤーな感じだなと思ひながら原画の人の言葉を待ったのを記憶しています。

 

二十四年になって「トラちゃんの花嫁」が完成

ポッポさん第二作「機関士の巻」が作られ その頃 日本漫画から古沢日出雄、福井英一(故人)、木下としお、木村一郎などという方が移って来。

背景には大工原氏が手伝いにやって来たりし 日本動画社の一番活気のある時代でした。

ですから彩色にはアルバイトが大勢来て居りました。

近くに日本女子医大が有りましたので そこの女子学生や女子美の学生などでした。

私はもうヒゲを生やしていましたが

モテテ、モテテ

困ったものです。

その中に現在の私のオクサマが来て居りまして とんでもない事になった

というワケであります。

 

編集后記

 

十月二十一日のベトナム反戦ストを目前にひかえ、各センモン部の活パツな動きが目につきます。

あしあと班も新執行部のもとに新しく編成がえされてから早く第十二号を出さなければと思いながらも なかなか思う様にいかず、

それでもなんとか十二号を出すまでにこぎつけました。

これからはもっと良いものを出して行こうと一同気力充分ですのでよろしく

K 生

 

🌸あなたのクセは?

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○人と話すとき、物を考える時、自分のいる所が机の上でも、椅子の上でも、又はどんなに広いところでも、足をおりまげ、ひざをかかえて、小さくうずくまるくせがある。

演出 高畑 勲さん

 

 

=【妥協はしない】=

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奥山 玲子

私は照れ屋なので、抱負とか何かを気負いたった言葉で述べることは好みません。ただ、自分の納得のいかない仕事、妥協や迎合はしたくないと思っています。

それでなければ、会社の仕事以外に、わざわざ絵を描いたりする必要はないわけですから。

いろいろと思うところあって、今はスランプ気味。その波が時期的に重なったので、困ったなあ と思っているところです。

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10作

林 静一

 

男とは男性で

女とは女性である

男とは斗いで死ぬが

女はきずつくが死なない

男とは、悪者ぶるけどけして悪者ではない

女とは、善者ぶるけどけして善者ではない

 

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↑(林静一さんとはご存じ「小梅ちゃん」で有名なイラストレーターさんですがこの当時は18か19歳です、ホルスで海岸の波打ち際を自身で撮影しライブアクションとして波のカットを1ヶ月間描いてたそうです。(親しい友人の談話)これが東映での最後かもしれないですね。

 

f:id:MaoLamdo:20170123032145j:image  森やすじさんと交流を持たせていただけたのは「のどか森のー」お仕事でマッドハウスに来られた時↑この「雲と少年」をお渡し出来たのが直接のきっかけと成りました。この時とてもびっくりしたのは座っておられたのに急に立ち上がり(この森さんから見たら新人のこの大橋学に)頭を深く垂れてご挨拶された事です。ものすごく恐縮しました。自分の本も丁寧に読んで下さり後で感想を書いて下さいました。ただただ嬉しい限りです。

 f:id:MaoLamdo:20170123032158j:image ほぼ晩年に成りますが森さんの展覧会で久しぶりにご挨拶ができた時。

(その感想を再録させていただきました) もうもしかすると大橋学も森さんの年齢を超えたのか?それぐらい森さんは早く亡くなられたのはとてもざんねんなことでした。

 

 f:id:MaoLamdo:20170123033643p:image 左より高畑 勲さん。中央(故人)白川大作さん。右に 大塚 康生さん。(東映でのOB会にて撮影

 

◎とても全部は紹介出来ないので一部抜粋です。この後も読みたいのですが多分長編も忙しくなりガリ版誌は自然消滅したのではないか?と思われます。「時代的には数年以内に大多数の一流アニメーターは東映動画を離れて行く事になる」からです。

 

記憶の記録 2017ー1/23 大橋 学

 

 

 

 

ユーリー.ノ・おじさんのハナシ

ユーリー.ノ・おじさんのハナシ

 

はじめにお断りをし魔ぁーす。

今回ノルシュティンさんのことを書かせていただきましたが 大橋 学は実はノルシュティンさんのファンでもないし神さまだとも思っていません💦←それは単に知りえる程の知識がないことが理由だと思われる。。

その事を辿ると(長くなりそうですいません)大橋学は人を知ることにたいへん臆病なのでしょう。子供の時代から人は(友人は)去るもの、と言う分からないトラウマみたいなものが心の何処かに住み着いて居ます(何でだろうね〜)実は若いときから結構感情の浮き沈みが酷くて夢見ちゃ挫折してを何十回か繰り返したりして来ましたが 追えば逃げる恋のように概ね人を求めると破れるものなんだと...

このことから学んだのは他の人は他の人であり自分ではどうにもならない存在と認めることになりました。ゆえに(本当の神さまでさえ疑惑を持つタイプ)知らされる知識は苦手で大嫌い 自分から望み、

見たままの世界だけが本当に知りたい心の柱だと思うのであり魔す。(←理屈っぽいねw)

 

そんな大橋学くんがつい流れで

ノルさんの居られる「だいこん屋」さんへ行くことになりましたが(この文はその時のまんま)

拙いブログですが宜しかったらゆるりとお付き合いくださいませ

 

 

ユーリー.ノ・おじさんのハナシ

 

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魔ぉめも風にはじめます
○月△日/「セシウムと少女」監督である才谷さんがある日こんなこと言うのでした(おおはしさんはノルシュティンさんに別に会いたくないですよね?)
えっ....... ........(←なんて答えようかと思案してる)
ん〜〜〜〜と(心で答えようかと)のど元に出るか出ないか?の寸前に話題は変わってた(笑)だからそのことには答えては居ない。。
話は生徒たちに移りつづいてた
ふゅーじょんで招待したのではないのだけどお忍びで来られる(らしい..?)
ので「会いたい人は居ますか?」と先の話に繋がるのでした。
もちろん生徒たちの何人かは(お会い出来るものなら行きま〜〜す行きたいです‼︎)と
黄色い声をあげたのだが☆☆☆

その日はある日の授業の日に(唐突に)来た
夜の10時からのはずでした、 
が?
もう夕刻六時半頃には着くという
(ナント速いの!?)

才谷さんと学校のかんけい者はそれに合わせ先に向かって行ったのだが授業そのものは夜7時から基本は9時までなので(少し授業をしてから9時までには向かいます)と伝えたのだが…
せっかくユーリーさんに会える(会いたい!と言ってたのに)その日の生徒はたった2人ですょー!(勿体無いでしょ〜〜にね〜)
なので阿佐ヶ谷に住んでる生徒の0ちゃんを呼んで計4人で出かけて参り魔ぉうした〜☆

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ここが「だいこん屋」

 


セシウムの撮影でも使われたユーリーさんのお気に入りの店、如何にもって言うか?もう日本の昔からあるような一杯飲み屋なのですが

ユーリーさんが座って飲んでるとなんと言うかハマっています(昔から座り続けて飲んでるおじさんなのでは?笑)


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じつは、おおはし君は知識がないのでユーリーさんを良く知ってるものではない、

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ファンの方には申し訳ないのだがその通りなので (その知らないながらも見たまんまのルポもどきをこれからしたいと思い魔ぉす)

宴はある程度は出来上がっていたが..
この宴は普通とちと違うのでは?
少なくとも先生とファンの交流会、的なモノではなくなんと言うか全く別ものではないか?と思う

その日に書いた感想をもう一度記して見ます。
(以下、その日の日記から)

《金曜の夜にとあるノルシュティンさんのの宴に参加して参り魔ぉうした、哀しぃ戦時の唄を歌ってくださいました それはとても痺れるうた、そしてシンガーのハナさんの歌もだいこんマスターのギターも素晴らしくとこの日の宴は「うた声酒場?」のようでもあり魔した♪》

 
そうなのでした。まずシンガーのはな(花?華?)さんの歌声がギターの弾き語りでこの場を癒してくれたのだと思います
その柔らかい歌声とに、

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あと学校のTさんの十八番(おはこ)小柳ルミ子の『瀬戸の花嫁』←歌に沿った振り付けの歌には皆はどっと笑った❗️(ユーリーさんも‼️)確かに見てる方が照れるくらい真面目な振りなので日本語歌詞でも分かるようです。


唐突にユーリーさん立ち上がる!

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ずーと座ってたので御手洗いかな?

そう思ってたらある歌の説明をロシア語で(また通訳の方が素晴らしく感情を込めて自分の話のように訳されるからそのまま聞いていられるのでした)


戦時中に(戦時を盛り上げるために作られる工作された歌ではなく)どこからその歌「メロディ」は発生したのか?誰がその歌を、作ったのか?不明ながらも静かに広がっていって
その美しいメロディにとある詩人は魅せられそのメロディに「歌詞」を付けた。
それからはあっという魔に(ロシア全体に)拡がったそうだ。

 

ユーリーさんは説明を終えるととつぜんに歌い出したのだ!

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なんと哀しみのある歌と声の響でした!


ユーリーさんをよく知らなくても歌を唄うユーリーさんは素晴らしいと、このときに思いましたよ、(やー!ホントに聞けて良かった(๑˃̵ᴗ˂̵)〜🌟)


ユーリーさんの話でもう1つ・・

「煙草の香りのするこの店を無くさないでほしい、やめてはだめです」
だいこん屋店主が (いつ迄この店をやれるのか?分からない 歳だからね)
に答えての話。「いま世界ぢゅう行なわれている(煙草とその排除)ことは逆に差別なのです!」と、

ユーリーさんは煙草を吸わないようですが何とたばこ吸いには嬉しいお言葉をいただきました‼️w

*これは個人的な煙草への感想ですが、二十一歳迄に戦争へ行け、或いは煙草を吸うのは大人の義務である、と、国に言われたとしたらそれもまた差別だし、皆が吸わなくなったのだから吸う人は去れ!とばかりに隅に追いやられるのもコレも又差別となり、、こうなると人々は何方か1つに成れ!と強要された戦時と大して変わりませんよね?

少し脱線しましたが、どちらも許容し許し合えないのならばそれは自由の効かない戦時の昔に戻るだけでしょう?

話はユーリーさんの歌に戻り
(じぶん流解釈ですが)その唄を聞けば 
「もうおたがい戦うなんてやめないか? もっと静かに お互いにおたがいを受け入れあって (海が繋がってるように)
静かなることはこんなにも素晴らしい..♪」かなり違うかも知れないけど…(←や、これは完全に魔ぉ風の解釈ですね!すんません〜〜😅💦)

 

戦争の賛美する歌が求められる時に人々はこの歌を真に求めていたのでした。

*この辺にユーリーさんの話はさり気なく語られてたのでしたが かなり痺れましたぜ〜〜^ - ^☆
そうそうユーリーさんのアニメーションは殆んど(外套を、創作中なのは理解している)知らないのですがこの歌と風貌からして「もりやすじ」さんがオーバーラップして来ましたね
そのフィーリングならば分かりました
(人がらがからしてきっとたつじんです‼️)←今ごろ〜〜😅💦

 

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*それ以外には(手塚プロのKさんが)手塚さんのことで何か覚えていることは有りますか?と手塚さんのことを聞かれたのに対して、ユーリーさんが手塚さんと広島アニメーションの最初(2回目らしい)の審査員としてお会いしたのだが、審査の結果のことで意見が分かれたこと
「手塚さんは :「受賞者を二人にしたい」(賞金も二分)
ユーリーさん: 「それはぜったいに反対」と最後までそれを通したそうだ…。

その後手塚さんは皆を労うように気遣って 有るお宿にユーリーさん(等)を招待されたそうで、その配慮と宿のあまりの素晴らしさにたいそう感激もし そのことは手塚さんのことで忘れられない想いでになりました。。(←と話されていました)

 

この辺りはお二人のたつじんの個性の違いが良く出ているエピソードじゃないのだろうか・・?
宴もそろそろ佳境になりました。

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空になったボトルに絵を描くユーリーノルシュテインさん(お酒をあとで足すそうだ 笑 )

 

宴の終わりにユーリーさんが狭い脇を通られたので ユーリーさんに(ありがとうございました)と言ったら即座に「アリガトウ ゴザイマシタ!」と返していただきました、もちろん日本語です。


はい、素晴らしい言葉とはコレですょね


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同じようにシンガーのハナさんに歌の感想「初恋」がとても良かったです。と伝えられたけど
だいこん屋の店主のギターの感想は言えず仕舞いなのが惜しかった…
(酒入れないと弾けないとかで)ウヰスキー飲みつ薄いから濃いの入れて、と言いながらも冴えたギターを聴かせていただきました。
宴はこれで終わるはずなのでしたが..

この日は皆んな"歌わないといけない"らしくナント第二の歌の宴はつづいてつづいて行ったのでしたー

それからして更に一同は解散したつもりの筈なのに...
この日は夜明けまで数名で飲み明かした阿佐ヶ谷なり
いや〜〜何と言う日なんだょー!(笑)

では もう一度 最初の話に戻りますね
「おおはしさんは“ノルシュティン ”会いたくないでしょ?」と言った才谷さんの質問に成らない質問に答えてみようかと思います (聞いた才谷さんはなんでそう言ったのでしょうか?)

そうだねー、努力して答えてみますね、
あの時点では(べつに会えなくても..)←たぶんコレ💦
思うに名の知れた人や有名な方はもうそれだけで会いたい理由になりませんし、じぶんの中ではじぶんで消化仕切れないほどの人を受け入れたく無かったのはじぶんの性格でもあり信条なのですね
無闇矢鱈に会えば破綻もするので(それ程こころ柔なのか?或いは許容力がないのか・・)

しかしコレもお終い、いい加減な頑固さはだいぶ治ってきたのもやはり学校のセンセをやり始めたからかも知れないな..と?
いまは生徒の一人ひとりが皆気になる存在です
(これは大きく変わって行く今のじぶん、またソレが大橋学なのです)
例えユーリーノルシュティンさんであっても いま関わってる人の方がもっと大事な存在です
でもみらい出会うべきな方も又大切な存在になるのでしょうね きっと、
だから歌を聴かせて下さったユーリーさんは風貌の良さげな人の良いおじさんと呼ばせていただき魔ーす
ユーリーのおじさんあの歌を聴かせてくれて
アリガトウゴザイマシタ〜〜👻💦😅✨
いちおうお終い☆

全ての宴の終わりに

 

ノルシュテインとだいこん屋の歌宴
https://youtu.be/JxxBLE1l5p8

 

 

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始発から少しした電車に乗りおりる駅に着いて空を見上げたら
鳥たちが
群れをなして旋回していた
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朝だなー
夜明けだな〜〜

 

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帰って眠ろうか?

 

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そうだね〜〜💮✨

 


2016-10月28日 だいこん屋さんとユーリーさんの記録から
編集 2016-11/7 文責任:大橋学 (MAO)

 

映画com ◉アニメの神様/ユーリー・ノルシュテインが伝えたいこと
http://eiga.com/news/20161209/7/

 

エピソード追記 (まとめ)11月27日

 《この日の事も含めノルシュテインさんの膨大な今までの記録を映像にまとめる企画が水面下で進行中 らしいですょ??》

 

ー 追加の追加のあとがき ー

 

や〜っ⁉️なんとぉ〜、とうとう投稿出来ずひと月も過ぎていた、何故出せなかったのだろ…(でも書いたのだから出そう‥)

そして◎これがらむど夢幻 ブログ50作目の記念とします。

 

⚪︎そうそうあの振付つきの歌を歌った tさんの話ではユーリーさんは良く歌われるそうです、「でもあの歌は初めてですね。」そう仰ってました。。 ー 了 ー

三たび追記 年の瀬2016年  12月28日☆この日妻が旅立ちしてから丸15年に成りました、 本当に月日過ぎるは疾い❣️

皆さま良いお年をお迎えください^ ^  Mao🎍✨

 

 

 

第一回 大橋学作画魔ぉう塾開催 その一

アニメモリ

阿佐ヶ谷 アートアニメーション小さな学校 特別授業が開催された(全十三回) 
2016ー9〜11月まで

終了後追加1日(予定)有り

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2016:大橋学 作画魔ぉう塾 その一


事前に準備不足だったので早めに到着するがもう塾生がちらほらと、、
そんなことしてる間にアッと言う間に一杯の塾生で満員!!

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魔ぉう作画からランダムな纏めの映像を観ていただいて(その間に休む魔ぉせんw)


その後自身の体験見聞きした東映時代の背景のレイアウト(原図)歴史を簡単に説明する(知らないかも知れないが流れを変えた人は4人、頭文字でD.A、K.L、M.H、K.K)←1つの時代限定。←(んーむ、何を語ったのか?親しい人は聞いて下さ〜い^^;)


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そして本題の魔ぉう塾のW.Sの流れ


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「私のラストシーン」を説明し、次回へと駒を進めて行く予定。

そして
お遊び教材の「フェイス」を描いて第一回目授業は終了(述べ4時間)
塾生はプロ、アマ、映像、立体、と本当にバラエティな人材揃いでこんな早くヒートアップして良いのやら、、  

f:id:MaoLamdo:20160913012818j:plain  f:id:MaoLamdo:20160913012849j:plain ←あら?もしかして…orangeのハマさんでは…

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と 

嬉しき悲鳴をあげた魔ぉう塾長の一日は終り魔ぉうした。
(ふわ〜ぁ!ステージ上げすぎだょこれからタイヘンじゃん 笑💦)


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f:id:MaoLamdo:20160913013052j:plain ←数名お休みでしたが第一回揃い踏み記念しゃしん☆
(撮影: ヲノヂン)



あ、オマケが有りやした⁉︎

帰りに一緒に成ったItowさんと祇園でお茶をしたのだが、でる時にア○エリオン?←(間違えたら御免さい^^;)の某監督と、遭遇しご挨拶して+追加?授業もじゃもじゃ話しも終了〜〜、

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はい
本当に本当に皆さんご苦労さまでした〜〜〜!


魔ぉうも少し多めにガンバしたので


 おっつかれサマーー👻💦✨

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2016-9/6 大橋学 (魔ぉう塾長) 追加編集 9/12


協力 アートアニメーション小さな学校 赤池啓也氏  :アシスタント 石井栄太くん : フジコちゃん



あ、すい魔ぉうせん〜、前日ササユリカフェの大平晋也さんの原画エフェクト展を見て来たのですが

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こんな所で何ですが大平さんにめっせーじを

やっ!あなたはイジョウなるご病気ですです❗️❗️←にスバラシが付き魔ぉうす❗️❗️❗️

どうぞコレからも初心ワスレズにどうぞそのままイジョウなるご病気で〜、居てクダサー〜〜ーイ⁉︎」

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若葉のともだち大橋魔王より」👻〰🙏🙌✌️✨


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どうもここまで読んで下さりアリがとさ魔ー〜〜!

#さよならこの辺 (K 川 散歩より) 2016 夏の日

マイメモリ



思いのほか永い魔ぉう(大橋学)の 魔めもになってしまった。



さよならこの辺 (K 川 散歩より) 2016 夏の日


ぱーと (1)



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K川に、この辺を去る前に行っておかないと、と思い夜になってしまったが、春にさくら、夏には水鳥や魚が泳ぎ、秋にコスモス、冬は雪、と思い出はとても深い。
耳からちょうどメロディが流れてきてた「♪たとえあなたが私を忘れ去っても 私はけっしてあなたを忘れることはない あなたの思い出とともに今も生きる 永遠に 🎶」*ヴィッキー「想い出に生きる」(題名少し違ってる かも❔)

ちょっと感傷に引きづられそうになってキタ… 

まずい⁉︎

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この先の道に"一生の最後に見る風景"とまで思った場所があったのだが
(木の間から川と光と空が漏れてきて‥)

その場所は絶妙だったのでたぶん今はないし、あったとしても行くコトはやめたい、

それは命の最後ではないからだ、(良かった❗️)


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考えてみればこの辺は、今の家で36年と少しだが、同じ町内でもう5年も住んでたのだった、
合わせると41年も“この辺"に居たコトになる…

子どもたちも小さかったのに今は“大きな大人の娘"に成りましたよ、

本当に切りはないほどの 深き“この辺"なのでした。

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もちろん1番の思い出は夢と希望とを抱いていっしょに歩いてくれた妻のことで有ることは
言うまでもない 

(そらのように花のように土のように こころのまま生きていったような そんなあなたでした)


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大橋学も独りに成り15年にもなろうとしてるのに恋の一つや二つ有っても良かろうにね(何でないの?笑)


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妻がいる時の恋は不倫かも知れないが独りなら堂々と恋愛してやる!
な〜んて思って用意はしてたんだけどね w
どうもさっぱりそんなコトは無いのだけどその代わりってはへんだけど
たくさんの(複数の)ひとを愛せるようになったみたい (^o^)〜♪

そんなコトはオカシイ??(でもそーナンですって⁉︎w)


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なんか分からないのだけど それはいろいろ経験してキタおかげさまなのかもね、
はい、それでもまた一つ生きるチャンスを貰えた気がたいへんするので 例え少なくても
複数のひとを愛して生きて行きます、
こんな気持ちの出発点は やはり一度や二ど、自分が愛されて居たのだ、を自分自身が気がつかないと駄目なんだと思います(誰でもが御両親にはきっと愛されていた。ということ。)
それが第3の人生のはじまり (少年は母が死んでからがホントの旅立ち、と魔ぉうは思ふ)



ぱーと (2)



今から36年前の家の事ををチトだけ振りかえってみましょう


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前の住まいの町内から引っ越すころは(1980年)サンリオの「シリウスの伝説」から「あしたのジョー2」に移ろうとしてる時期でしたので、初期マッドハウスのメンバーで有る川尻さんが音頭を取ってくれて引っ越しをしてくれたのでした。
小さな軽トラックで なん往復しただろう?それ位大変なお引っ越しでしたが(川尻さんはわりと近くに住んでた)それは楽しい思い出に成りました、(あの時のご恩を忘れることはあり魔ぉうセン^_^)

家から家に荷物を若手たち(アニメーターと制作の人たち5人位で)がどんどん玄関付近から積み上げて行ったので、さあ最後に冷蔵庫が入らなくて困ってしまったのだが、(うちの奥さんもありゃ〜入れない〜〜‼︎)とひめい(≧∇≦)💦

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手伝ってくれたのはうれしいがもう家の中はめちゃくちゃで(笑)

そしてとりあえず入り口付近を整理して冷蔵庫の通る道が作れたのですが、その冷蔵庫を1人で持ち上げ中に収めてしまった 力持ちのサカさんのことは今でも忘れられないな〜‼︎
(流石の制作さま、あにめた、ではこうはいかない❔だろうw ) 

力持ちさんありがと〜う☆



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この家は振り返るとたくさんの亡くなった方々が来てくださっていました。


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出崎統 さん(妻の葬儀のときに、びっくりしました〜❗️)、中村隆太郎くん(の長電話推定2時間👻も忘れられ魔ぉうせん)、平田のポンさん、(自宅で打合せしたり、ごはん食べたりと…)

勿論現役の方々も 丸山氏、川尻さん(ぶらっと来てベランダで沢庵とビールを昼間から)、
「大橋さんはケチ!」と言われた、何のことか?と言えば 「イラストで面白い表現をしてもソレをアニメに生かさないから大橋さんはケチナノダ!、」と(言い得て妙なりんですね はいその通りでした)

杉野明夫さん、(無理やりおでん食べていただいた(*^^*)💦)その節にはすいませんでした、

そう言えば杉野さんの奥さんに杉野さんに会いたいので家に行っても良いですか?と聞いたとき「ダメ〜〜〜‼︎‼︎‼︎」と言われてしまったのだけども‥あ、やっぱり行ってみたいす^^;ダメすか?? 

それはそうと杉野さん、いつまでもご活躍してくださいませ、(陰ながらオウエンしてぃ魔ぉうす)

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そんな永きに住んで居た家を後にするのは勇気がとても入りましたがその時は熟し切ったのをやっと悟りました、(ちょっと大げさにw) 


魔ぁケ・セラ・セラなんだけど成るように成るとしてもほっておけば魔ぉうはこの地にゴミの山と共に埋れ のたれ死んだとしても全く不思議は無くて、其れぐらい動くのめんどくさい性格で我ながら困ったニンゲンなのです‥

それを見かねた娘たちの複数の想いの末にやっと動く決心が固まることが出来ました、

ほんとにどうもありがとうございます、娘たちよ、感謝感謝☆⭐︎🌟


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ぱーと (3) 終章🚣〰✨


そして今度の新しいお引っ越しにおいてとてもお世話に成ったヲノヂンとみなさま(あと1回の片付けとお引っ越しはまだ残ってますが) 有り難う〜感謝感謝で〜〜す☆⭐︎🌟

(まだヒミツのばしょで恐らく魔王ジョー❔と成るでしょう❔❔👽😦😉👻〰💦w)


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追伸、この家は「子どものアトリエ」の家でも有ったのです、
巣立って行った子供たちと大人たちでいったい何百にんなのか?

わかってるのはたぶん初根さんだけですね、



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その初根さんの想いをすべて捨て去り魔ぉう(大橋学)は新天地へ、

此処を立ち去り向かいま〜す、


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どうぞ見守らなくても構わないですからあの世とこの世でお互いに 切磋琢磨の魔魔して思う存分

鳥のように花のように


生きて参りん🙏✨🙏✨



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ガンバがんば!静かに(燃えよ)がんばなのダー〜ッ👻✨www.


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f:id:MaoLamdo:20160823030353j:plain ←アトリエのMoちゃんの結婚祝いのために描いたMao絵(懐かし❗️)

*写真はK川ではありませんが 魔ぉ四季のそれぞれのふぉとになります。
(想い出がいっぱいでは心も軽くはない、自身噛みしめて捨て去るべし、と 魔ぉうが→大橋学に
言っておきますからどーぞご心配無用の介^o^笑


2016ー8・22 アニメーターMAO(大橋学)記録



ユジク阿佐谷 凱旋【セシウムと少女】その(3)

魔いスクリーン
(2)からの

ーつづきー


この日のお忙し(1)はお昼から下北沢で「風のように」のゲストトークでの参加でした。

その(2)は四谷三丁目、アートコンプレックスセンターでの「キムラタカヒロさんの25周年記念」の個展に。 


その(3)は ユジク阿佐ヶ谷「セシウムと少女」へ

*世界の其々の映画祭の受賞を受けての凱旋上映です!

この日は才谷監督と白波瀬海来(しらはせかいら)さんの舞台挨拶付き上映です(20:40分くらいから〜)

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いや〜阿佐ヶ谷まで来るのに随分と無駄に電車乗ってしまったなー

(新宿から行けば問題は無かったのに)

つい歩かない便利さから丸の内線で荻窪に直行し、

(南阿佐ヶ谷は通るのだけどそこで降りると又駅までが長いので)


通り過ぎてからまたJRで1駅戻る方が歩かなくて良いだろう、

そんな思いでいたら荻窪に着く直前に眠くなってキタよ〜大丈夫かぁ..

(映画ホントに観れるの〜?)


荻窪のホームに上がったら即電車が来たので だっーと乗りこんだら ナント?

特快に乗ってしまった、アリゃ!阿佐ヶ谷過ぎてまた中野までだよー(゚o゚;;💧→またUターンし

急ぎ阿佐ヶ谷へ

着いたらもう時間がない(喉がからから)コンビニでコーヒーとチーズケーキを買い、

ユジクに直行する、と..?


あ、監督の才谷さんロビーにまだ居ましたよ、


それで(もう上映前のトークは終わりました?)と、聞くと「此れからですよ」と。


ふー〜 間に合った!セーフで〜す!


席に座ると主演の海来さん、監督(才谷さん)ユジクの武井さんが入ってきて始まりです。


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海来さんの元気な姿(夏バージョン)はまぶしいなー☆✨


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新しい映画の出演も決まって撮影でこれから1ヶ月間 北海道に行くとのこと、

今回のミミちゃん役でも主演女優賞ノミネートされて他人ごとながらも嬉しい限りです


急きょ発表された 白波瀬海来さんが出演される「写真甲子園」↓

http://s.ameblo.jp/kai927ra/entry-12183192003.html


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(なんだかんだと言ってもセシウムと少女は応援しているのです)

そして次回の出演作「写真甲子園」も 楽しみです☆



そして今回再び(3,4回目?)見てやっとセシウムと少女の観る見方が判った気がした。

1番シンプルに観れた(幸い寝ないで最後まで)

コレはミミちゃん(白波瀬海来さん)と神様たちのそれぞれのキャラクターの良さに有るな、


前に観た時はアニメシーンはじゃまじゃない?と思えたのもキャラクターをもっと知って貰いたい、

その理由ならば目的は叶ってるし(本編)映像もかなり凝っていて アングルなどは特に面白い絵作り

(撮影:加藤雄大さん)だと更に知ることができた、

(特に白秋が亡くなったシーンとか本当に美しい映像です..)


f:id:MaoLamdo:20160722134521j:plain ←ギッシリ詰まったブックレット
これに一年以上も?かけ、力の入った労作本◎
(コレを読むと どれだけのことを考え取り組んだかが分かる、少なくとも阿佐谷の歴史くらい知れば
映画は3倍くらい楽しくなります)


この映画の楽しみ方を素直に感じられたので帰りぎわにその事を才谷監督に伝えたらとても嬉しそうでした (今日時間有りませんか?)とも言われたのだが

もう夜の11、(あ、今日は有りませ〜ん💦また今度〜〜)と、ご挨拶だけしてユジクの外に、



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いつも煙草屋前(灰皿の有る所)で兎に角一服してから 急いでお家に帰ろう!と思いつ ライターを探してたら無い!あれ〜?どこ行ったのライター〜!


仕方ないので側で青年が一服してたので(すいませ〜ん火を貸してくれませんか?)と尋ねたら、

はいどうぞ、と快く貸してくれたので一服する、


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すると青年が話しかけてキタ(何ですか?)アレは何なのか?と

ユジクのことを聞いてきたのでタップリと(でも無いか?) 


ユジク→  https://yujiku.wordpress.com/   *セシウムと少女は7/29(金)まで。

(スクリーンでは今回が見納めかもしれません)



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一通り説明をすると青年は興味を持ったのか?

映画の看板を見に行った、それを見ながら急ぎ駅に直行すると..

アリゃ!バスが無い、そっか 日曜日か〜〜!こりゃきびしぃなー!


向こうに着いてもやっぱりバスは無いよなぁ〜⁉️


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もっ、しょうがないタクシーで西武線まで直行し、それから電車に乗り継ぎ、


やっとこ駅に着いたが もはや乗り物は全てナッシ〜^^;



直ぐにでも家に帰ってバタンQ〜したいのだけど、タクシー乗るほどのリッチさは無いのだし、


も〜しょうがない歩くぞ〜〜、そんで歩くのを楽しむためにもアイスを買って食べながらでも

歩くぞ〜〜(≧∇≦)


と....😰 1間ほど歩いた(泣き笑)💦



こうして長い超ハードな1日は終わったのでした。


行動の総時間13間半の旅でした、あーちかれた〜〜、足がボボボな感じだ〜〜ぃ!

今日はちゃんと眠れるだろう、


そいでもって今日はとってもはっぴぃだよ、


マイお疲れ魔ぉうさんヾ(@⌒ー⌒@)ノ


歩けばきっと何かに成るさ、

信じようね〜⭕️

(スパゲッティ食らってダウンする)


2016-7/11 

魔ぉうこと大橋学でした、



その後日、アート学校の有る日の前にとある連絡が入り

(1時間ほど早く出かけた )

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こんな場所にお花畑が..?阿佐ヶ谷ふゅーじょんのまだ秘密(でもないw)農園にて、
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とある㊙️話しをしてき魔ぉうした。

ー映画の話しー


(第2作なのか?)

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秋口から始める予定の「作画 魔ぉう塾?」の大まかなプラン作り

の  こうそう

チラ見せ↓w

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などなどを談笑する。


ん、で、かふぇ?とか?ぎゃらりーも〜⁉️


どんだけー〜〜

(て感じw)


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☆途中らぷゅたのゆかりさんがお花を摘みに来たりと(ココは本当に阿佐ヶ谷なのか〜?w

ん、もしかして夢多きたつじんとはこの人のこと言うのかもしれない..(そう思えた)


その未来てきたつじん提唱案

「アートハウス」しすてむ?とは ?

魔ぉうも大いに賛成したいもので 有り魔ぉうした。


楽しい1日が

またぷらすされるって(ちょっとぐらい忙しくても)いいもんです?よね😅💦

どーかな?



すべて思い方しだい、としておきましょー。


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それにしても蚊に刺されて..カイカイ💦

2016年も、あーも〜〜たぁいヘン(笑)



大橋学(MAO) 記録


再編集:7月21日

TAKAHIRO KIMURA展へ その(2)

アート ギャラリー

KIMURA TAKAHIRO 展 2016•7/6-18

ーつづきー その(2)

そして行くことに決めたのはキムラタカヒロさんの(25周年記念の大展覧会)個展へGOーでした!

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場所は四谷三丁目(迷わず行けるかな〜?)幸いに夜8時までやってるので助かる、駅についてから場所を検索です、

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ん?割と正確に示してくれるよ


歩く方に携帯の図の印が付いて来る(珍しいな(笑))や、見えた、

 

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看板がドンピシャリ目に入った、

 

見上げるとクラッシックな(教会のよーな?)アートコンプレックスセンター、

 

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とうちゃく〜*(^o^)/*

 

中に入って見るとすごい空間ギャラリーなのでした、(絵を見る前にトイレ行っとこ)芳名帳に書き入れてると、あ、タカヒロさんの声が聞こえてキタ、

先にご挨拶して(しばしお父さんのことをお聞きしてから)それから ゆっくり絵を拝見させていただく
(見るコースが有るのでどうぞ〜)と、まず始まりから度肝抜かれますけど..w

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すんごい作品群(まさに群群ぐんで感じ)でした、

 

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会場がまたすばらしいなー、お子さんなら走ってしまうかもってくらい 広い!(いやいや、走ってはいけませんよ〜😅💦笑)
順番としては若いタカヒロさんの作品から見ていきましたが
こんなに大量に見るのはもちろん初めてだ、作品のエネルギーには圧倒される、

 

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1つ1つも凄いのだがそれが塊になってるから、集大成エナジーのオーラが醸し出されていましたね

その中でも特にお気に入りは写真を撮らせて頂いた(オール写真オッケーとのこと)じゃんじゃん撮ってください。←(太っ腹なのです)

 

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しばらく見ると年代で変化も見れ、やはり生きるとはそういう事だよな、とひとりで納得する

奥の方のデカイ壁面には総顔面がズラリ並ぶポイントが有る、ちょうどベンチもあり座って見ることにした、

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(ベンチに座って顔面と対峙するようになってるから逆にこちらが見られてるんじゃなかろうか? と 錯覚する)

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タカヒロさんと今度音楽と絵のコラボをされる音楽家の(7/16に開催される ライブペィンティング 木村タカヒロ(絵)+栗コーダーカルテット(音楽)その夏秋さんという方としばらくお話しをした、
なんだか、自分は音楽は聴くだけなので、その音を奏でる人には無条件に憧れちゃう所が有るのですが、絵の話でも何となく通じると言うのはあるもんですね〜、あ、その前に
タカヒロさんとはタイガーマスクの話を少ししたのだが他に絵の話ももう少ししたかったな、


25周年記念の個展として会場の広さもさることながら 素晴らしい展覧会でした☆✨


記念にタカヒロさんと一緒に写真を撮らせていただき魔ぉうした。

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http://www.gallerycomplex.com/schedule/Hall16/kimura_takahiro.html

 

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とても印象的なK Kさんなのでした◎

 

f:id:MaoLamdo:20160715061644j:image  ←木村タカヒロ展は2016-7/18日までの開催です(見応えはばっちりですよ〜^ ^)


さてまた時間も迫ってキタ、1時間後に阿佐ヶ谷に行ってないと間に合わないのでタカヒロさんとご挨拶して再び次の目的地にひたすら駅まで歩く

 

都会は坂の上下や地下の階段など(お年寄りにどうする?ってくらい不親切になってる気がする)ふー、ほんとに良く歩かせられ魔ぉう〜〜す(≧∇≦)💦
歩く歩く
そしてまた歩くなのでした。

 

2016-7/10記録 :再編7/15 大橋学(MAO)
まだまだこの日はーつづくー笑

風のように ー《超、はーどデイな1日》その(1)

アニメモリ

風のように ー《超、はーどデイな1日》

 

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その(1)

 昨日の魔ぉうは超はーどでーいな日となりました 何故かと言えば昼のイベント(下北沢、風のようにのゲスト)に出るためには朝起きて午前中に動かないと間に合わないので、(いつも起きるのは8割が午後、夕方に朝食も多い)

 

取った行動は目覚まし3台を8時にセットし(寝たのは朝5時台)横になったは良いが目覚ましよりも早く起きて寝たのかどうかも判らない(笑)

あとこの日から歯が痛くてどうしょう?だったが

出かけるついでに痛み止めを購入しバス中で飲んだ、(これで何とかなった)

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 さあそして下北沢までは順調について(30分前)喫茶店に寄る計画だったが短い時間で500円は勿体無いのでコンビニコーヒー(100円)で一服としゃれ込むw

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何と日射しの強いこと、まるで風のようにの空みたいな青と白い雲です

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前から見たこと有る人が歩いてきた、(ほせいさん)え、あっ?とあいさつしてると(ここから10ふんの所に居るんですよ、下北のイベントは助かる、あ、もう時間ですからお先に〜)と如何にも慣れたイベント達人のほせいさんでありました(^ ^) 

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12時ころ、トリウッドまで行くと監督の本多さん、野口さん、プロデューサーの豊永さんと合流したので、ここには打ち合わせする場が無いのでどこか(居酒屋か)喫茶店へ、と、(何だ〜〜喫茶店行くなら100円コーヒーも要らなかったなーw)魔っ、いっか?笑

 

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ちょっと古ぼけた味の有る喫茶店だったが(そこで打ち合わせと言うより殆んどサインを描いていたが、)あっと言う間に上映が終わる時間だ、イベントにGO‼︎である!)
小さなトリウッドなのだスクリーン側のドアから会場入りした、や!子供たちが真ん前にいるじゃないの?

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そして見まわすと知った顔カオかおでは有り魔ぉうせんか〜〜!あ、学校の生徒さんも!(書ききれないので省略します)
ありがとうございますね〜、今回のイベント(と言っても僅か30分)では何か目玉をとチヨとジョーの色紙をプレゼント(のつもりだった)を描いたのだけど1人の人が独占して持つよりも会場に飾って貰えた方が沢山の人に見てもらえると判断して壁のミニギャラリーに飾らせていただきましたので是非映画館まで足を運んで(ついでながら見てくださいね〜)

 

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それで代わりに今までの本とポストカード(計5点)全サイン入りを用意した。(じゃんけんて盛り上がりますね〜、皆真剣に成るから、特に目の前に居た女の子2人、すっくと変化しじゃんけんし残り2人になった所で敗れたのだが、優しい勝者がジェスチャーで(その子にあげてください)と言ってくれたのでパラパラを渡しました(変わってくれた大人さんにはマオ絵ポストカードを)
渡したときにはすごく嬉しそうで、良かった。

あと雲と少年が、何と学校の元教え子に当たり(そんなことが有るんですね〜〜w)

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イベントは好評のうちに終了、

 

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打ち上げ兼ねて近くの餃子のお店にほぼ残ってた会場のファンも入れてそうぜい10人で行きました。

 

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さてこうして【風のように】は下北沢のトリウッドで7/9よりロードショー公開されました。ちばてつや 至極の名作がアニメで蘇る (ぜひご覧ください)

エクラアニマル制作 (自主作品なのです)

*毎週末はトークイベント付き

 

f:id:MaoLamdo:20160712000625j:image  チヨ(むずかしいょー)


本当に早いイベントだったのでとりあえずみんなとは別れ、下北をぶらぶらし(煙草の吸える店を探す)

良い喫茶店見つけてやっとひと息ついた。

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(いんすたぐらむに投稿)

 

補足 ちょい出し忘れました。今回イベントに持参したのは 昭和40年7月1日に発行された ちばてつや【ユキの太陽】(1)です。

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昭和40年と言えば(39年に15才で動画の会社に入ったので)16才です、自分のお給料でこれを買ったのですね〜(けなげな感じw)会場でも話したのですがコレは一巻しか無いので永遠に続きは見れません(買えば有るが心情的にこの気持ちは途切れて良いのだ)結局16才時は(原画になって)レインボー戦隊ロビンで忙しく本屋に行けなかった。それが理由だが、このちばてつやさんの作品は"少女漫画"と言うのもあったかな?当時はまだ劇画好きの名残りもあったが、思えば ちば作品は漫画にも属さないし、かと言って劇画でもない、何となくその間のような世界だと思う。
(少女のりりんとした美しさはこの世にいないがゆえ?にすばらしい)

憧れの作家で有ったのだな、とこの本を見るとそれが思い出された。

 


さて、折角出たのに時間がまだ余る、夜は阿佐ヶ谷と決まってるのだが(ユジクのセシウムと少女を見る)

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 間の時間があり過ぎる、

調べてるうちにそうだあそこに行こうと決めた。

ーその(2)に つづくー

記録2016-7/11大橋学(MAO)